2020年、新型コロナウイルスの感染拡大によって、人と人が直接会うことさえ難しくなった。
法事や葬儀は縮小され、学校は閉ざされ、寺に相談へ訪れることもためらわれる――それまで“当たり前”だった日常は、静かに失われていった。
總持寺の住職・小峰立丸さんは、その静寂の中で、僧侶として何ができるのかを問い続けたという。
人のぬくもり、支え合い、そして僧侶としての使命とは――。
人と会えなくてもできること。
不安や迷いの中でも、決して失ってはいけないもの。
そして、自分一人になったとしても、どう生きていくのか――。
コロナ禍は、「祈り」の意味と、人としての生き方を改めて見つめ直す時間でもあった。
小峰住職のお話はここからお聞き頂けます(約18分)
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「お寺の仕事がどうなってしまうのか」――2020年に感じた最初の不安
小峰立丸さんが2020年当時を振り返ってまず思い出すのは、「お寺の仕事への影響」だったという。
「自分の私生活はともあれ、お寺の仕事ですね。お寺の仕事にどのように支障が出てきてしまったのかということが、一番まず思い出されます」
法事、葬儀、年中行事。
寺院には、人が集まり、手を合わせ、故人や家族を想う時間がある。
しかしコロナ禍では、その“集まること”自体が難しくなった。
法事は限られた家族のみで行われ、葬儀もごく少人数へ。
それまで当たり前だった親族同士の交流も、急速に縮小していった。
「以前はお盆とかお正月にみんな親戚が一堂に会していたのが、少し前から変わってきていましたけれど、コロナ禍によってかなりそれに拍車がかかったと思います」
人と人との距離感そのものが、大きく変わっていった時代だった。
「師匠の目で見てもらう」――対面できないことが仏教にもたらしたもの
小峰さんは、仏教において“対面”が持つ意味の大きさについても語る。
仏教の修行は、単に知識を学ぶだけではない。
師匠が弟子を直接見極め、人となりを見ながら教えを受け継いでいく。
「これを“師資相承(ししそうじょう)”と言うんですけれども、実際に自分がこの目で見て、この人間なら弟子にしてもいいだろうと見極めてもらうんですね」
しかし、人と会うことができなくなることで、その根本が揺らいだ。
「自分の行動や姿を、師匠の目で生に見てもらうことができなくなる。これは根本的に仏教の生活の中で困ってしまうことなんですね」
オンラインで会議はできても、“人として向き合う”ことは簡単には代替できない。
それは寺院だけでなく、多くの人が感じたことだったのかもしれない。
「相談に行きたいのに行けない」――寺が果たしてきた役割
寺院は法事や葬儀だけの場所ではない。
檀家や地域の人々が悩みを相談し、心を落ち着ける場所でもある。
「なかなか檀家さんと一対一のご相談というのは、ネットやズームではできないところもあります」
感染を恐れ、「お寺に相談に行きたいけれど行けない」と感じていた人も少なくなかったという。
「その辺が一番お寺としては辛かったことでしょうかね」
“会えない”ということが、人の心の支えにも影響していた。
学校が閉ざされた時代に感じた「声」の力
小峰さんは、保護司活動や地域活動を通じて、小中学校とも深く関わってきた。
しかしコロナ禍では学校そのものが閉鎖され、地域の大人が学校へ入ることも難しくなった。
そんな中、強く印象に残っているのが、FM西東京で放送された特別番組「ラジオ小学校」だったという。
学校の先生たちが、ラジオを通じて子どもたちへ語りかける企画だ。
「“みんな頑張っているかい?先生も元気にしていますよ。また今度会える日を楽しみにしていますよ”という投げかけが、本当に感動しました」
直接会えなくても、“声”には人を支える力がある。
「人間としての心の温かさが感じられる素晴らしい企画だったと思います」
誰もいない京都、新幹線――忘れられない光景
小峰さんは、宗派の総本山が京都にあるため、年に何度も京都を訪れていた。
しかしコロナ禍では、その移動も一変した。
「新幹線の中に本当に誰も座っていない状況とか、京都の街に誰も歩いていないとか、今考えると大変なことだったんだなと思います」
さらに、観光客が消えたことで苦境に立たされたタクシー運転手たちの声も忘れられないという。
「仕事にならない、自分も会社を辞めざるを得ないという話もありました」
感染症は、人々の暮らしや仕事、地域社会そのものを揺るがしていた。
「最後は祈るしかない」――僧侶としてたどり着いた答え
もし再び2020年4月に戻ったら、何を伝えるか。
そう問われた小峰さんは、「祈り」という言葉を口にした。
「人と接触できなくても、自分の使命として常にできること。それが“人々の幸せを祈る”ということですよね」
そして、疫病退散を願って祈り続けた僧・空也上人の話を語る。
「街中を歩きながら祈り続けたことで疫病が静まったという話があるんです。改めて、祈りって大切なんだなと感じました」
会えなくても、人を想い、祈ることはできる。
「一斉に祈りましょうという時間を持つだけでも、少しでも心が癒されたら、それはプラスになりますから」
コロナ禍は、“祈り”の意味を改めて問い直した時間でもあった。
「当たり前」は、ありがたいことだった
小峰さんは、コロナ禍で最も大きく感じたこととして、「日常のありがたさ」を挙げる。
「3食食べて、呼吸をして生きている。そしていろんな人に関わって生きている。それは当たり前じゃないんだ、と」
誰かに助けてもらうこと。
会いたい人に会えること。
同じ空間で笑い合えること。
それらは決して当然ではなかった。
「一つ一つ全てのことのありがたさを、忘れちゃいけないなと思いました」
「人は一人では生きていけない」――後世へ伝えたいこと
最後に、小峰さんはこれからの社会への願いを語った。
「人間というのは、多くの人が関わり合って、自分一人だけでは生きていけないわけです」
だからこそ、どんな状況でも忘れてはいけないのは、「思いやり」だという。
「お互いに支え合って助けていく気持ちは、どのような社会の状況になっても忘れてはいけない」
そのうえで、一人ひとりが“自分にできること”を考え続けてほしいと願う。
人は一人で生まれ出たわけで、自分一人になったとしても出来ることは何なのか、
しっかり見極めながら、不安や迷いを克服し、
「絶対に自分はこれだけはやっていかなければいけない」という心構えを持って
日々この大切な命をこの世で努めていかなければならない。
改めて自分自身、自分で自分の心を問いながらそれに対して自分で考えて生きたというようなこともありましたね
「皆さんがそれぞれのできることを力を発揮していただきたい」
コロナ禍は、多くのものを奪った。
しかし同時に、人と人とのつながりや、祈り、思いやりの意味を改めて見つめ直す時間でもあった。
ありがとうございます
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