コロナ禍で出産や子育ての現場もまた、大きな揺らぎの中にあった。
正解が日々変わる状況、制限されるケア、そして募る不安―。
西東京市の「るるん助産院」で活動する助産師の佐藤亜紀子さんと白石典子さんは、当時はそれぞれ異なる現場でコロナ禍を経験した。
混乱と制約の中で見えてきたものは何だったのか。そして今、未来へ伝えたい教訓とは――。二人の言葉から、あの時代の本質が浮かび上がる。
※今回のインタビューは総合病院と診療所という異なる現場でそれぞれ経験した違いや思いについてお聞きしました。

佐藤亜紀子さん:西東京市南町「るるん助産院」院長。助産師として産後ケアに携わる。コロナ禍当初は総合病院の管理職として現場を統括。
白石典子さん:同助産院の助産師。診療所勤務を経て、産後ケア・母乳外来に従事。3人の子を育てる母でもある。
るるん助産院佐藤さんと白石さんのお話はここからお聞き頂けます(約23分)
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「昨日の正解が、今日の不正解になる」――現場を揺さぶった情報の波
佐藤さん:
2020年の初頭から世の中が騒がしくなってきましたが、私は当時、助産師ではなく総合病院の外来の係長をしていました。ちょうどその年に異動して、再び周産期に戻ったタイミングでコロナに直面したんです。
一番大変だったのは、「何が正しいのか分からない」ことでした。
毎日新しい情報が出て、それをスタッフに伝えても、浸透する前にまた次の情報が来る。
ウイルスの変異や検査体制の変化で、昨日の正解が今日には通用しない――そんなことが日常でした。
それに追いつくこと自体が大きなストレスで、現場の心をどんどん疲弊させていきました。
人手不足と極限の出産現場――診療所での葛藤
白石さん:
私は当時、診療所で助産師として働いていました。総合病院に比べてスタッフが少ない中で、感染による人手不足が続き、日々の業務を回すだけでも大変でした。
出産はもともと命がけです。その中で、限られた体制で「安全なお産」と「お母さんの望む出産」を両立させるのは本当に難しかったです。
感染の可能性がある妊婦さんは大きな病院に搬送せざるを得ず、出産間近で環境が変わる方も多くいらっしゃいました。
さらに、実際の出産の場面でも、
お母さんはマスクで顔を真っ赤にし、私たちはゴーグルや防護具を着けて、汗だくで呼吸を合わせる――。
身体的にも精神的にも極限の状況でした。
何より、お母さんたちの不安がとても大きかった。
妊娠中に感染したことのあるお母さんは「無事に生まれてくるのか」という思いを抱え続けることが、一番つらかったと思います。
「心が削られていく」―受け入れ続けた総合病院の現実
佐藤さん:
私がいた病院は感染症指定医療機関で、コロナ患者を必ず受け入れる立場でした。
都内でも限られた病院だったため、現場は常に逼迫していました。
感染病棟以外は体制が整っていなかったので、廊下にテープを貼ってゾーニングをするなど、手探りで対応していました。
地域の診療所から次々に感染した産婦が送られてくる。
それが続く中で、正直「心が削られる」感覚はありましたね。
さらに大きかったのは、ケアの制限です。
助産師の重要な仕事である保健指導――育児のレクチャーなどが、感染対策で十分にできなくなりました。
本当は、しっかり防護すればできるケアも、ルールによってできない。
お母さんの不安を解消できるはずなのに、それができないもどかしさがありました。
そしてもう一つつらかったのは、「意見を言えない空気」です。
感染への恐怖について少し違う見方をすると、それだけで否定される。発信すること自体が怖い状況でした。
「安心してスタートできない」――産後ケアの断絶
白石さん:
保健指導ができなかった影響は大きかったです。
沐浴指導も動画だけになり、「よく分からなかった」という声を後から聞くこともありました。
本来、赤ちゃんとの生活のスタートは安心して迎えてほしいのに、それが難しい環境だったと感じています。
母親学級も一時期完全にストップし、その後オンラインへ移行しましたが、その移行期が特に大変でした。
不安を解消できないまま出産を迎えた方も多かったと思います。
「それでも母は強い」――見えてきた底力
佐藤さん:
母親学級がなくても、お母さんたちは自分で調べて対応していました。
後に2人目、3人目を出産された方の話を聞くと、「母親学級も何も受けていないし、立ち会いもなかった」とさらっと言うんですよね。
その姿を見て、「お母さんたちは本当に強い」と感じました。
白石さん:
本当にそう思います。
立ち会いがなくても、一人で出産に向き合う覚悟を持っている。
「自分しかいない」という腹のくくり方がすごいなと感じました。
オンラインがつないだ「新しい立ち会い出産」
白石さん:
一方で、オンラインの活用は大きく進みました。
産後の復職も在宅ワークで戻ることが出来たり、
パートナーがリモートワークしながらサポート出来たり、
子育てしながら働く環境がオンラインによってとても良くなっています。
また、印象的だったのは、LINEのビデオ通話での立ち会い出産です。
点滴棒にスマホを固定して、ご家族が画面越しに応援するんです。
ご主人だけでなく、上のお子さんや祖父母や兄弟姉妹も参加して、
「頑張れ!」という声に囲まれて出産を迎える――。
赤ちゃんの産声をみんなで同時に聞くことができて、
「一人じゃない」と感じられる、とても温かい時間でした。
コロナ禍だったからこそ、人とのつながりの大切さを改めて感じました。
「正しさ」に縛られた社会で、何を信じるか
佐藤さん:
この3年間で強く思ったのは、「自分で見て、考えて、判断することの大切さ」です。
有識者の意見が絶対とされる中でも、現場ではそれだけでは対応できないことが多くありました。
また、感染をめぐって人が傷つく場面もたくさん見ました。
感染したことで家族から帰宅を拒まれた看護師や
私自身も余命短くなった義父に家族皆で会いに行った際に、子どもが感染し大きな批判を受けました。
幸い、子どもの感染のみに留まり、義父も私たちも発症はせず、ここからの感染拡大は防ぐことができました。
確かに、非常事態宣言中ということもあり、当然批判される行動ではありましたが、
「今、会いに行かなければ、二度と会えない。逝ってしまうその前に会いたい。きっと後悔してしまう」
人はそれぞれに大切にしたいことがあるというのは、いつの世でも必ずあることです。
だからこそ、
正しい情報を取り入れながらも、お互いの背景を理解し、尊重し合うこと。
それを次に必ず活かさなければいけないと思っています。
支え合いの中で見えた「人の力」
白石さん:
私自身、子育てをしながら働く中で、学童や保育園の先生方に本当に支えられました。
不安な状況の中でも「頑張ってきてね」と送り出してくれる存在があったからこそ、乗り越えられました。
また、父の葬儀では感染を危惧され現地に行けませんでしたが、リモートで参加し、手紙を通じて思いを伝えることができました。
離れていてもつながれる――。
そうした新しい形のつながりも実感しました。
未来への教訓――「まずやってみる」ことの大切さ
佐藤さん:
コロナ禍で感じたのは、「決断のスピード」の重要性です。
大きな組織ほど動きが遅く、オンライン化もなかなか進みませんでした。
でも、やってみて失敗してもいい。
続けていけば、それは失敗ではなくなる。
特に非常時には、迷っている時間が一番危険です。
思いやりを持ちながらも、前に進む勇気が必要だと思います。
「どうありたいか」を持ち続ける
白石さん:
コロナに限らず、自分ではどうにもならないことはたくさんあります。
子育てもまさにそうです。
でも、その中でも「自分がどうありたいか」は持ち続けたい。
お母さんと赤ちゃんが元気で過ごせるように――その思いを軸に、これからも向き合っていきたいです。
マスクの向こうで育った子どもたちの未来
佐藤さん:
コロナ禍に生まれた赤ちゃんたちは、マスクの顔しか知らない。
それがとても心配でした。
でも、目だけでもちゃんと感情は伝わるし、笑いかければちゃんと笑う。
人間の強さを感じました。
白石さん:
実際に子どもたちの成長を見ても、感情は豊かに育っています。
あの時の不安は、一つひとつ「大丈夫だった」こととして、積み重なっていると感じています。
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