7/1よりまちテナスタジオ再稼働!

8/1ウィークエンドボイス放送後記

今週からスタジオはまたまた芝久保のAスタジオからのお届けになりました。コロナ、なかなか予断を許しませんね!

11時14分~ 1コマラジオ   *メッセージ応募してね!
11時15分~ ゲストコーナーまちのミュージシャン青沼詩郎さん
11時45分~ スポーツコーナー by酒匂匠キャスター
12時02分~ まちテナPickUp!
12時15分~ ロコラボインフォ
12時26分~ 西東京マニアックス
      *インスタ回答締め切りは毎週金曜日!
12時37分~ まちスタボイス(西東京市のお盆)
12時43分~ まちのおと(7/30 梅雨明け1日前の五日市街道で鳴く蝉 )

まちのミュージシャン 青沼詩郎さん(bandshijin)

今回はゲストでお越しいただいた、青沼詩郎さんの番組ゲスト出演に寄せた、寄稿文を掲載いたします。

ある平日。雨降りの田無。

お昼時でした。食事をどうしようか。駅ビルのハンバーガーがいい。ロータリーから丸見えのカウンター席。そこがお気に入りで、私は天気が悪い日に田無でお昼時を迎えると、決まってよく利用するのです。私の“いつものやつ”(=フィッシュバーガー)をほおばって顎を動かしながら、ガラスの向こうを行き交う人々を眺めました。「あ、あの人知ってる。」田無はせまいぞ。

ガラスの外に、また知った顔。こんどは目が合いました。ウィークエンドボイスのパーソナリティ、麻美さんでした。私は会釈して、手を振りました。こちらに気付いてくれた。そのまま、ガラスの向こうの麻美さんの背中を見送りました。 手元のフィッシュバーガーの胃袋への転送がさらに30%くらい捗った頃、麻美さんが店の前に戻ってきました。今度はドアが開き、入ってきます。そこで、今回の出演の話が決まりました。

先週(7/25)のウィークエンドボイスの放送に、私は自分のオリジナル楽曲『迷雨(まよいあめ)』の音源を寄せました。ワンコーラスほど、放送していただいたのです。その流れもあって、麻美さんが私に今回の出演を持ちかけたのです。風が吹くと桶屋が儲かるという話がありますが、私にいわせれば「雨の田無の駅ビルでアホ面こいてガラスの向こうを眺めながら“いつものやつ”(フィッシュバーガー)をもしゃもしゃやれば、エフエム西東京への出演が決まる」ということになります。ならんか。 緊張しいの私は、出演の話が決まった瞬間から、順調に緊張感を高めました。放送当日の朝なんか、がちがちしすぎて疲れちゃって寝直したくらいです。でも時間がなかったので5分で起きました。 市内の自宅からエフエム西東京のビルがある芝久保までの道のりを、ギターを背負って、自転車を漕いで行きました。横山道、フラワー通りを経て、東大農場の脇道に転がり込みます。

立ち漕ぎをすると、塀の向こうに西東京スカイタワーが見えます。青い画用紙に白い絵の具をこすりつけたみたいな空と雲。ここに来ると、いつも頭上が広く感じます。 新青梅街道の沿道に、野菜スタンド。「えだまめ」という4文字のひらがなをひとつずつ印刷した4枚の紙が並べて掲げられていました。無人かと思いましたが、目を凝らすと小屋の中にタオルを頭に巻いた男性の姿。のどかな西東京の光景に、私はこの町が好きだなという思いをあらためました。緊張で凝り固まったからだもほぐれ、なんだか気分が良くなりました。

芝久保のスタジオへは、エフエム西東京の他の番組への用事で何度か来たことがありました。そのときの記憶よりも、今日はなんだか若い人が多いぞ。さっきエレベーターで一緒になって、違うフロアで降りた若い男性とも結局、制作室で一緒になりました。職員さん、制作スタッフ、有志の方、出演者。ひとり、またひとりと集まってきます。 制作室で今日の流れを確認して、スタジオフロアに移動しました。スタジオの前室で改めて、パーソナリティの麻美さんと流れを確認しました。今日私が披露することになっている、ギターと歌とハーモニカのマイクリハも手短に済ませました。放送が始まります。 感染症対策のため、窓も扉も開け放ってのオープニングトーク。車の行き交う音が聴こえます。どこでも同じ静寂が得られるスタジオもいいですけれど、環境の差異が伝わるのも好ましいと私は感じました。収録スペースへの私の入室は、出番のコーナーが始まる直前の予定。

前室からオープニングトークが進むのを覗き見ながら、近くにいた制作メンバーの廣田さんにひそひそ声で最近のエフエム西東京や番組づくりの様子について教えてもらいました。 ウィークエンドボイス編集長の中村晋也さんと、私は事前にメールでトーク内容について打ち合わせました。彼からもらった中にあった、「音楽活動を通じての目標は?」という質問。私は立ち止まって考えました。 結局、私は自分のために音楽をやっています。でも、そのことって、きっと、植物が人間にとって大切な空気を生み出してくれるみたいに、見えにくく量りにくいかたちで、私の大切な人や、地域や、集団・社会にシナジーをもたらしているはずなのです。

自分を卑下しがちなのは私の悪癖ですが、私がいなくなったら困る人がいるのです。あなたがいなくなったら、私が困るのと同じように。それは今でなくても、未来の私やあなたかもしれません。 なんだか、「木」みたいだなと思ったのです。急に現れはしないけれど、どこからかやってきて、ふと芽生え、根を張り、幹を太くし、枝を伸ばし、葉を茂らせるのです。いつしか大切にされ、かけがえのないものになっている。そういうものを、私は音楽においても重視しています。想像を超えた景色を見てみたい。低空飛行かもしれないけれど、遠くまで飛び続けたい。自分でも思いもしないようなところに行ってみたいのです。 うまく話せたか分かりません。そういうことを、私はトークに込めたつもりです。麻美さんがすばらしい采配で話を潤わせ、飲み込ませてくれました。 前半は、私の活動や音楽に臨む思いに焦点を当てて、話中心で。

弾き語りの様子

後半は3曲、私の弾き語りを披露しました。 1曲目は私のオリジナルで『TORCH』。たいまつを意味します。西東京周辺を含む、武蔵野と呼ばれる地域。その現在と過去とこれからに思いを馳せて、情景描写と心象を対比させたミドルテンポのロックバラードです。

2曲目はカバーで『アンパンマンのマーチ』。作詞・やなせたかし、作曲・三木たかし。西東京市で現在子育て中の親たちの口々にも「アンパンマンは強し」と言わしめる名作アニメの主題歌を、勢いあるアッパーなストロークギターにハーモニカを乗せて歌いました。感染症の影響ですっかり機会がなくなってしまいましたが、市内のおまつりやイベントで演奏すると好評を得ることの多かったレパートリーです。今日のスタジオでもらった拍手も、弾けんばかりでした。

3曲目は私のオリジナル『バンドをやろう』。私はソロで音楽活動をしていますが、ギター、ベース、ドラムス、ピアノなどを自分で演奏して重ね録りをして、バンドの音をつくることに入魂しています。「bandshijin(バンドシジン)」というプロジェクトネームをつけたその活動のスタンスには、「ひとりなのにバンド」という自己矛盾があります。でも、悲哀も苦楽も、音楽にすることでポジティブなエネルギーに変わるのです。その不思議さへの賛辞でもあるし、自分の姿を映しとったブルースでもあるし、大切な人(私やあなた)への愛の言葉でもある。そんな思いを乗せた、私自身のテーマソングでゲストコーナーを結びました。 出番を終えた私のもとに、梅雨明け宣言のニュースが舞い込みました。まだ放送中のパーソナリティ陣にそれを伝える、編集長の中村さん。気候の晴れがましさと充足感が溶け合って、妙味を醸し出していました。 放送を終えて、番組をつくったメンバーで手応えを分かち合いました。いい日だったな。ギターを仕舞って、再び西東京の町に繰り出す私。今日のお昼は、ハンバーガーじゃないな。こんなに晴れてるんだもの。

文/青沼詩郎(bandshijin)
WEB→https://bandshijin.jimdofree.com/
note→https://note.com/bandshijin
youtube→https://www.youtube.com/channel/UCD5B3YnbD-yhH2-pkqM6NkA

1コマラジオ (8/1放送分)

 1コマラジオでは16秒のメッセージを大募集中です! 自分語り、まちのこと、小噺、歌、ものまね、愛の告白でもなんでもオッケーです。※お店の宣伝はNGです。スマホ等の録音機能を使って、メールでお送りください。
たくさんのご応募お待ちしています。
※16秒を過ぎたものはこちらでカットします。12秒以下の音声は使用できません。

西東京マニアックス 正解発表!Vol.15

ここはどこでしょう~?

「一反木綿?」「こんにゃく?」
「公園ですね?」「桜の木!」
2週間ぶりに番組に戻ってきた米ちゃんが、鋭い切り返しに編集長も驚きです。

正解はおおぞら公園でした

ジェットエンジンのふる里「おおぞら公園」

西東京市新町3丁目12番地にある「おおぞら公園」。
石川島播磨重工(IHI)の田無工場跡地にできた公園です。
ジェットエンジンのふる里と書かれている通り、この地で日本の飛行機の心臓ともいえるジェットエンジンが長年製造されていました。

ジェットエンジンの象徴ともいえるタービン(翼)をかたどったモニュメントは、今にも空気を取り込み空へ飛び立ちたくなります!

  公園の敷地は三角形。モニュメントが展示されている場所は、IHI時代には診療所などが建てられていたエリアです。 おおぞら公園という名前は「IHI田無工場(跡地)→飛行機→空」と連想し命名されました。

 タービンの周りを囲む円状のレンガは、工場敷地内で使われていたものを配したという歴史あるレンガです。上部にはジェットエンジンの歴史や工場の歴史や配置などについて書かれたパネルが設置されその歴史を知ることができます。 

IHIが終戦直前日本初のジェットエンジン「ネ20」を開発していたのがこの地。
海軍の双発ジェット戦闘機「橘花(きっか)」に搭載される予定でしたが、
試験飛行時点で終戦となり、完成には至りませんでした。

IHIの工場となる以前から、中島飛行機の工場だったなどの変遷がありますが、
いくつかの情報をまとめると以下の流れのようです。

• 昭和重工業(豊田織機の子会社)
  1939年に、東京工場(田無町下向台)を完成。
 – 中島飛行機(株)が建設中の工場を購入
• 昭和重工業から社名変更
  – 昭和16年:豊和重工業→昭和20年:豊和工業
• 富士産業(旧中島飛行機、その後富士重工)
 – 1953年(昭和32年)に豊和工業から工場を買収。
• IHI(石川島重工業、石川播磨重工業) 防衛庁向け及び民間機向けジェットエンジンの製造
 – 昭和32年富士重工より買収。田無工場開設。
 – ジェット機エンジン等の開発、製造に貢献する。
• 2007年10月工場閉鎖。敷地は不動産会社に売却
 -民間機向けジェットエンジン製造の増加、航空エンジン生産体制の最適化のため
   田無工場から相馬工場・瑞穂工場へと移管しました。
• 2008年9月マンション着工、2009年6月~12月工事中断
  2009年4月スーパーサミットオープン
2010年8月マンション竣工
  2010年10月10日 おおぞら公園開園

『西東京市都市計画マスタープラン』 による地図(西東京市ホームページより)

 敷地9万3400平方メートルの跡地の一部を公園として、 平成20年10月10日開園しました。公園の真横を走る「境・狭山緑道」沿いの桜も有名で、桜を見ながら散策やランニングをする方も多いエリアです。
広大な土地は『西東京市都市計画マスタープラン』(平成16年7月公表)に基づき協議・合意の上開発されました。

 東京ドーム2個分の広さとされる敷地は、IHIから不動産会社に売却され、大型マンション「ヴィーガーデン・ザ・レジデンス」スーパーサミット、キャノンデータセンター、武蔵野徳洲会病院が建てられました。
マンション前にはバス停「ヴィーガーデン西東京」も新設され、吉祥寺・武蔵境・三鷹へのアクセスが各段に便利になりました。
10年以上前に「何ができるんだ?!」と西東京市内の一部を沸かせたIHI跡地開発から約12年。早いものですね~

正解者発表!

今回の正解者は
タキシータさん、お一人でした!

このモニュメントをちょっと上から見てみると、もう一つ驚きの光景が見られます。現地で確かめてみてくださいね!
おおぞら公園の付近に来たら、ちょっと足を延ばしてみてください^^
近くには小金井公園もありますよ~♪

それでは次回もよろしくマニアック!
(文:廣田亜希子)

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出題は水曜日のみ1回になりました!

まちの音

7/30 梅雨明け1日前の五日市街道で鳴く蝉