7/1よりまちテナスタジオ再稼働!

4/25 ウィークエンドボイス放送後記

 今週の放送は以下のスケジュールでお送り致しました。
色々と試行錯誤の中でお送りしているこちらの番組、引き続き生暖かい目で見守ってください!

11時14分~/12時25分~ 1コマラジオ
         *メッセージ応募してね!
11時15分~ ゲストコーナー 文筆家:杉原学さん
11時45分~ スポーツコーナー by酒匂匠キャスター
12時02分~ まちテナPickUp! 竹田商店「TKG醤油」 
12時15分~ ロコラボインフォ
12時26分~ 西東京マニアックス
      *インスタ回答締め切りは毎週金曜日!
12時37分~ まちスタボイス
12時43分~ まちのおと(田無駅改札口)

FM西東京芝久保Aスタジオからお送りしています!

目次

ゲストコーナー 杉原学さん

 今週のゲストは、文筆家の杉原学さんです。

  文筆家。哲学専攻。研究テーマ は「人間にとって時間とは何か」。単著に『考えない論』(アルマット/幻冬舎)、共著に内山節 編著『半市場経済』(第三章「存在感のある時間を求めて」執筆、角川新書)。地域づくり情報誌 『かがり火』にて対談「そんな生き方あったんや!」連載中。世界で最も非生産的な会議「高等遊 民会議」世話人。かがり火WEB共同主宰。日本時間学会会員。

 お住まいは西東京エリアではないのですが西武柳沢北口にあるヤギサワバルの店主と友人関係にあり、お店のオープンの時から西東京市には度々遊びに来ているそうです。杉原さんの西東京市の印象はというと「良い意味で油断している感じで、今住んでいる十条(北区)と似た雰囲気がある」「人と人との距離が近いイメージ」とのこと。

雑誌:かがり火

 杉原さんは文筆家として雑誌「かがり火」の制作に関わっています。

1987年の創刊以来、地域づくりに情熱を燃やす「無名人」を取り上げてきた雑誌『かがり火』。なぜ有名人ではなく「無名人」なのか。創刊者の菅原歓一は次のように言います。「世の中には売れる売れないにかかわらず、黙々と自分の役割を果たしている人がいます。話題になることなどまったく眼中になく、コツコツと努力を続けている人たちがいます。この人たちは自分の功績をPRしませんから、顕彰されることもマスメディアに取り上げられることもありません。しかし、このような人たちによって、社会は支えられているのではないでしょうか。」かがり火』には、そんな「無名人」たちによる試行錯誤の歴史が、30年以上にわたって刻まれてきました。その膨大な記録は、今まさに地域で悪戦苦闘する「無名人」たちを、きっと励まし、支えてくれると思うのです。「実はこういう問題があってねぇ……」「ああ、それならウチはこうやってるよ。なんなら見に来る?」と、地域同士で交流し、知恵を交換し合うかのように——。

かがり火WEB https://kagaribiweb.com/about/

 今でこそ地域や地域作りに取り組む人をフュチャーする感覚は珍しいものではありませんが、1987年というまさにバブル景気真っ最中の中でこのような雑誌が生まれたと言うことは驚愕です。
 こちらの雑誌ですが書店での販売は行っておらず、定期購読での販売になります。年間予約購読料(年6回配本+支局長名鑑) 9,000円(送料、消費税込み)。お申し込みはこちらまで。

 また、定期購読の他、WEBでも一部の記事を読むことが出来ます。<そんな生き方あったんや!>は杉原さんの連載記事です。ぜひ読んでみてください。(編集長中村晋也の記事もあります)

杉原学(白秋)著:考えない論

 哲学的エッセイ集(?)として「考えない論」という著書もあり、ゲストコーナー後半ではこちらの内容をもとに「杉原学のテレフォン人生相談」という架空のコーナを用意させていただきました。相談者は当番組アシスタントの「米山涼香」。コロナ禍で先行き不安な今後をについてリアルに相談させていただきました。「考えない論」はkindleなど電子書籍でも絶賛発売中です。ぜひお読みになってください。

 そして、今回はミュージシャンのとしての一面も・・・

 文筆業に哲学、そして音楽活動にマルチな活動をする杉原さん、引き続き西東京市に遊びに来てくださいね!

1コマラジオ(4/25放送分)

4/25放送 1本目(マコさん・渡邉泰祐さん)

4/25放送 2本目(長尾めぐみさん・青沼詩郎さん・おいえちずこさん)

 1コマラジオでは16秒のメッセージを大募集中です! 自分語り、まちのこと、小噺、歌、ものまね、愛の告白でもなんでもオッケーです。※お店の宣伝はNGです。スマホ等の録音機能を使って、メールでお送りください。
たくさんのご応募お待ちしています。
※16秒を過ぎたものはこちらでカットします。12秒以下の音声は使用できません。

西東京マニアックス 正解発表

 今週のマニックスは、廣田編集長からの出題!

 今週はたくさんの方が回答してくださいました!
 西東京市内についてマニアックな方もそうでない方も、ご参加いただきインスタグラムだけでなく、告知のFacebookにも回答をいただきました!ありがとうございます。正解者はブログの最後に発表します!

 空高く円を描く、一筋の光……いや「公園のまぁるい鉄棒!」酒匂キャスターからの鉄棒発言にはびっくり、さすがスポーツキャスターです(笑)。西東京市内で、というと1枚目で気づいた方も多かったようですが、2枚目をドン!

 背景でこの丸い鉄棒のある場所が分かった方も多かったのではないでしょうか? 目線より上に通路があって、さらに青い看板には店舗名まで入っています……
「マニアックス」ではこの背景の読み取りができるか?どの目線で撮った写真か?が重要なポイントですね!
2枚目で麻美さんが正解を出しました!
正解は、田無駅北口にある「平和のリング」モニュメントでした!

 田無駅北口を降りたロータリーを渡る通路に設置されている、アーチ状のモニュメント。空に伸びる途中で太さが異なっているんです。解説の碑文には「過去と現在と未来」を表し、平和への願いを込めたと記されています。

4月12日は「西東京市平和の日」

 実は田無駅前のロータリー付近は、第二次世界大戦末期の昭和20年(1945年)4月12日に、B29の爆撃機による空襲を受けた場所だったのです。
 実際に爆弾が落ちたのは田無駅前の現在アスタビルが建っている南側エントランス付近など数か所。
 1トン爆弾によって駅周辺で50名以上が亡くなり、市内各所で130名あまりの犠牲者を出したといわれています。畑や家屋も被害を受け50軒ほどが破壊され、あたり一面何もなくなったということです。→リンク

 市ではこうした惨劇が二度と繰り返されないよう、世界の平和を願い「西東京市平和推進に関する条例」で4月12日を「西東京市平和の日」と定め、毎年記念行事を行っています。

「田無」が空爆された理由

 昭和20年当時、西東京市は田無市と保谷市の二つの市でした。(平成13年合併)。西武鉄道田無駅前には、江戸時代から青梅街道の往来など宿場町として栄えていた町で映画館や商店などで大変賑わっていました。。

 その賑わいを狙っての空爆…ではなく、当時戦闘機エンジンを作っていた「中島飛行機」の敷地で、当時エンジンをテストする施設があった中島飛行機田無製作所(現在のひばりが丘)との間にひかれていた簡易鉄道を狙ったものというのが市の公式見解です。
 4月に集中的に空襲があり、2日、7日、12日の3回の空襲で田無市・保谷市の住宅街も多く被災しました。終戦前の数回の爆撃の一つである4月12日は線路を狙ったとの見解を持つ資料も見受けられます。

 爆撃された田無では、その後昭和32年(1957年)に、被災地居住の方や被災者遺族や篤志の市民により、駅前の爆心地に観音像の戦災者慰霊塔が建立されました。その場所はこちら。
 以来、慰霊塔は35年にわたり慰めてきましたが、平成4年(1992年)にはアスタビル建設のため移転する運命に。総持寺のご厚意により無事安住の地を定めることができました。こうして田無駅前の被災中心地に「田無平和の日」として記念碑を設け、さらに西東京市合併後の平成8年に平和のリングが設置された、というわけです。

 現在の田無駅前は、当時と同じようにたくさんの人が往来し、集っています。

 アーチの下でラップをする若者たちの姿や、演説する人、おしゃべりをしている人……それぞれの未来が平和のもと輝くといいな。アーチ周辺の人々を見ながら、そんな風に思いました。

クイズ正解者発表!!

 さて、たくさんの方にお答えいただたいた今回。
インスタグラムとFacebookでもご参加いただき、うれしかったです!
正解者はこちらの10名の皆さん!

alan_tamasさん
taki_shiitaさん
watabou104さん
okura200153さん
nabetkhtさん
gumiiicoさん
chikashi_photographyさん
takaya.1110さん
bumino_0607さん
miami20171さん

正解者の中から、抽選で3名様に「西東京マニアックス」のステッカーをプレゼントいたします。ステッカーが当たったラッキーな方は…
bumino_0607さん
miami20171さん
okura200153さん

の3名でした!

 ステッカーは鋭意製作中💨完成したら、呼びかけさせていただきますね!
次回もたくさんの方のご参加お待ちしています!
それでは次回もよろしくマニアック!
文章:廣田亜希子