コロナ禍は、人と人との距離だけでなく、社会の中にさまざまな分断を生み出した。
白か黒か——答えを急ぐ空気の中で、私たちは知らず知らずのうちに選択を迫られていたのかもしれない。
紙芝居劇団どろんこ座の紙芝居画家・日南田淳子さんは、ライブ活動が“ゼロ”になる中でも模索を続け、その先に「白か黒かじゃなくていい」「選んでも変えてもいい」という感覚にたどり着いた。
分断の時代に問い直される、しなやかな生き方とは何か——そのヒントが、ここにある。

日南田さんのお話はここからお聞き頂けます(約18分40秒)
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仕事が“ゼロ”になった春、毎日配信という選択
1月は普通だったのに、2月に不穏な空気になって、3月には仕事が本当にゼロになった。
学校も閉鎖され、みんな家にいる。私たちも何もできない。
そんな中で始めたのが配信だった。
「することもないし、『今日のどろんこ座』とか言って、紙芝居をやったり、『お家で工作してみよう』とか言って、毎日やってましたね」
粘土で指人形を作ったり、友人の作品を読み聞かせしたり。
それまでほとんどなかったYouTubeの動画が、一気に増えていった。
「とにかくできることを毎日考えて、毎日上げてました。3月、4月、春、ゴールデンウィーク過ぎるくらいまで」
“何もできない”状況の中で、“できること”を探し続けた日々だった。
「何もしてはいけない」——ライブが奪われた痛み
コロナ禍で一番つらかったこと。
それは明確だった。
「ライブができないことですね。密とか、喋るな、笑うな、全部できない。もう私たち何もしちゃいけない」
表現の根幹である“目の前で届けること”が、完全に否定された時間。
「インターネットがあってよかったと、本気で思いましたけど、なかったら何していいか分からない」
配信は救いでありながら、同時に“代替にすぎない”という実感もあった。
2022年、「もう我慢できない」——旅公演へ
揺れ続けた日々を経て、2022年。
日南田さんたちは決断する。
「もう我慢なりませんって言って、旅に出たんです」
マウスガードをつけ、感染対策をしながら、車で九州まで。
知人を頼り、小さな会場や喫茶店での公演をつないでいった。
「大きな施設はまだ無理だけど、少人数でできるところを紹介してもらって、転々と」
そしてその場で受け取った言葉は、どこでも同じだった。
「やっぱり生で見るって違うって。こういう感覚、やっと久しぶりに感じたって」
“ライブ”が持つ力を、観る側も、演じる側も、改めて確かめる旅となった。
人はやっぱり“生”を求めている
2023年春以降、徐々にイベントが再開される。
ショッピングモールの子ども広場にも、かつてないほど人が集まった。
「こんなに人がいたの初めてとか。みんな見たかったんだなって」
配信やZoomがどれだけあっても、埋められないものがある。
「それはそれでOKなんだけど、やっぱりライブがないと辛いんだなと思って」
人と人が同じ空間で時間を共有することの価値が、浮き彫りになった瞬間だった。
制限の中から生まれたもの——どろにゃんと新しい表現
一方で、コロナ禍だからこそ生まれたものもある。
FM西東京のスタジオで、ガラス越しに紙芝居を見せ、音声だけを外のスピーカーから流すという試み。
遠隔で多くの紙芝居屋と共に制作した「ステイウォーズ」という動画紙芝居作品。
そして——キャラクター「どろにゃん」。
「キャラクターでも作るかって言って、デザインして。LINEスタンプにしたり、パペットにしたり、Tシャツも作って」
今では車にもついているというどろにゃんも、コロナがなければ生まれていなかった。
「言うと不謹慎かもしれないけど、よかったこともあったよなって」
制限があるからこそ、工夫が生まれる。
その実感が、言葉の端々ににじむ。
「それでも届けたい」——子どもたちへの思い
見えないウイルスへの恐怖は、確かにあった。
「どうなるか全く見えないし、見えない分だけ怖かった」
それでも、考えていたことは変わらない。
「5年後に死ぬとしても、今、子どもたちに紙芝居を届けたい」
何が第一優先なのか。
「当時も今も、子どもたちに何を届けたいか。それしかないなと思って」
表現者としての軸は、揺らがなかった。
分断の時代に思うこと——白か黒かではなく
コロナ禍で感じたもう一つのつらさ。
それは“分断”だった。
マスクをめぐる対立、価値観の押しつけ合い。
「「絶対にこっち」しかないって思わんほうがいいなって思いました」
日南田さんが大切にしている考え方がある。
「白か黒か決めるんじゃなくて、『私は黒を選んだ』って思えばいい」
他者の選択も、そのまま受け止める。
「前の人が白を選んでも、『あ、白を選んだんですね』って思う」
その余白があれば、争わなくていいことが増える。
「一度決めても変えていい。ゆるゆるでいいと思います、人間は」
同調圧力に対しても、「あ、いいから、いいから」と受け流す力。
それが、これからの社会には必要だと語る。
「やれることはある」——未来へのメッセージ
どんなに制限があっても、できることはある。
「同じことはできないかもしれないけど、それでもやれることは絶対ある」
探し続ければ、意外と忙しく、そして楽しくなるかもしれない。
「あのときも毎日配信していて、むしろ忙しかった」
最後に、過去の自分へかける言葉を問われて——
「『楽しめ!』っていうのと、『終わるから大丈夫』」
その一言に、あの時間を生き抜いた実感が込められている。
