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「何をやってもハレーションだった」――コロナ禍の青年会議所理事長が、それでも“決め続けた”365日 「聞かせてくださいあなたのコロナ禍~私たちは何を学んだのか?」〔シリーズ32〕

2020年。人と会うことそのものが制限され、昨日までの「当たり前」が、次々と失われていった。

そのただ中で、西東京青年会議所の理事長を務めていたのが、株式会社YAGASAKI REAL ESTATE代表取締役で矢ヶ崎ぶどう園の矢ヶ崎泰幸さんだ。

「やる」と言っても批判され、「やらない」と言っても批判される――。
誰も正解を持たない時代の中で、判断を下し続けなければならなかった一年。

それでも矢ヶ崎さんは、「自分の意思で決めること」をやめなかった。
苦しみの中で見えた、人の本音、仲間との距離感、そしてテクノロジーの可能性とは――。

“普通じゃない365日”を駆け抜けた、一人のリーダーの記録。

矢ヶ崎さんのお話は↓ここからお聞きいただけます(約15分15秒)

//// お話の記事はこちらから ////

「マスクをつけてください」から始まった違和感

矢ヶ崎泰幸さんは、不動産会社「YAGASAKI REAL ESTATE」の代表取締役を務める傍ら、矢ヶ崎ぶどう園で働き、FM西東京のパーソナリティとしても活動している。

2020年当時は、自ら会社を立ち上げたばかり。さらに、西東京青年会議所の理事長という大役も担っていた。

「ちょうど2020年の2月頃ですね。青年会議所の関係で金沢に行っていたんですけれども、その頃から会場に入る時に『マスクをつけてください』って言われ始めて、“世の中の様子が変わってきたな”って感じました」

まだコロナ禍の全貌が見えていなかった頃。
しかし、その空気の変化は確実に始まっていた。

「やっても批判、やらなくても批判」だった一年

青年会議所は、本来「何かをやっていく団体」だ。

だがコロナ禍では、「人と会うな」という社会的要請と、「それでも活動したい」という思いの狭間で、判断を迫られ続けた。

「全部中止しますって言うと、“なんでやらないんだ”って言われるし、“やれる方法もあるだろう”って言われる。逆に何かやろうとしても、“そんなことやる必要あるのか”ってなる。何をやってもハレーションだったんですよね」

会議はZoomへ移行。
しかし、“直接会ってこそ意味がある”という価値観との衝突もあった。

「自分的には“もう全部Zoomでいいんじゃない”ってもともと思う派だったんです。でも理解が得られないことも多かったですね」

行政は「会わないでください」と言う。
けれど、人は会いたい。

その矛盾の中で、最終的に責任を負うのはリーダーだった。

「敵を作っても、自分で決める」しかなかった

コロナ禍では、状況も、人の考えも、日々変わっていった。

「“やっぱりOK”“やっぱりダメ”が本当に多かったんです。いろんな人がいろんなことを言う。それを全部まとめるなんて無理なんですよね」

だからこそ必要だったのは、“自分で決める覚悟”だった。

「みんなそうやって言うけど、僕はこうやるからって。敵を作ったとしても、自分の意思で決めて進める。その強さは、これからまた何かあった時に絶対生きると思います」

その経験は、現在の会社経営にもつながっているという。

だが同時に、その一年は壮絶でもあった。

「最後、涙が出ましたからね。終わる時。普通じゃない365日を過ごしたなって。メンタル的には厳しかったです」

それでも“できたこと”は確かにあった

顔を合わせることが難しい時代。
それでも、青年会議所として“できたこと”もあった。

特に印象に残っているのが、田無神社をブルーにライトアップした取り組みだ。

「エッセンシャルワーカーの皆さんのことを思いながら、いつもの赤じゃなくて青にしたんです」

さらに2020年12月には、向台グラウンドで野球教室も開催。
清原和博さん、立浪和義さん、デーブ大久保さんらを招き、感染対策を徹底した上で実施した。

「雨も降っていて、ぐちょぐちょで寒かったんですけど、すごく思い出に残っています」

“できない”ことばかりが続いた年。
それでも、“できた”記憶は、確かに残っている。

コロナで見えた「人間の弱さ」と「本音」

矢ヶ崎さんが特に強く感じたのは、“感染した人への空気”だった。

「コロナに感染したこと自体が“悪”みたいな扱いだったんですよね。責任者が感染したとかなると、すごく悪く見られてしまう」

好きで感染したわけではない。
それでも、人々は恐れ、不安をぶつけ合った。

「メディアも、もっと“優しくしてあげましょう”って言ってもよかったんじゃないかなって思います」

また、組織を率いる中で、“全員とは分かり合えない”という現実も見えた。

「100人いたら、100人全員が友達にはなれない。それもよく分かりました。緊急事態って、人を普通じゃなくさせるんだなって思いましたね」

Zoom時代が一気に来た――「もっと早く活用されてもよかった」

一方で、コロナ禍はテクノロジーを一気に前進させた。

「Zoom飲み会、面白かったですよ。家でそのまま酔っ払って寝られるし(笑)」

リモートでのゲームや交流も数多く体験した。

「人狼ゲームやったり、クイズで負けた人は一回退出とか。制約の中でどう楽しむかっていうのは、すごく面白かったですね」

そもそも矢ヶ崎さん自身、Skypeの時代からオンライン通話に慣れていたという。

「2000年代前半から、そういうツールってあったんですよ。動画も送れたし、無料で使えた。それを2020年まであまり活用していなかったのは、もったいなかったですよね」

コロナ禍は、“新しい技術”を生んだというより、“すでにあった可能性”を社会に広げた出来事でもあった。

「安心していいんだよ」と、あの頃の自分に伝えたい

インタビューの最後。
「2020年の自分に声をかけるとしたら?」という問いに、矢ヶ崎さんはしばらく考え込んだ。

「すごくじーんとくる質問ですね」

そして、静かに言葉を続けた。

「自分を信じて動いた方がいいよって言いたいです。敵を作っても、自分を信じてそのまま行けばいいからって」

さらにこう続けた。

「優しく対応してくれる人だけでいいからと。でも、そこに付け込む人もいるから気をつけろよって」

そして最後に漏れたのは、深い実感のこもった一言だった。

「三日三晩、一緒にいてあげたいぐらいです。『安心していいんだよ』って言ってあげたいです」


ありがとうございます!

特別企画「聞かせてくださいあなたのコロナ禍~私たちは何を学んだのか?」

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