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「“このまま死ぬのかもしれない”~歯科医が語る、母の死と感染症の教訓」「聞かせてくださいあなたのコロナ禍~私たちは何を学んだのか?」

第一波の只中、母親をコロナで亡くし、自らも感染。隔離生活、入院、休業。―医療者であっても避けられなかった現実がありました。それでも診療を再開できた背景には、日頃の感染対策と患者との信頼関係がありました。あの経験から見えてきた、感染症と生きる時代に必要な「基本」とは何か。平田歯科クリニック院長平田仁さんから伺いました。

平田さんのお話はここからお聞き頂けます(約18分

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第一波の春、母の死と、クリニックの休業が同時にやってきた

平田仁と申します。平田歯科クリニックで院長をしています。
5年前も、今と変わらず、普通に歯医者として診療していました。毎日忙しくて、患者さんを診て、いつも通りの生活でした。

でもコロナが始まって、私の場合は母の死とクリニックの休業が重なりました。ダブルパンチでしたね。とても辛い時期だったなぁ、と今思い出しますね。 ちょうど、いわゆる第一波で、タレントの志村けんさんが亡くなって大騒ぎになった頃です。

母は、杏林大学に入院させていただいて、約2週間くらいはできる限りの治療を受けさせていただきました。 2週間だから、4月の15日前後だったと思います。

母が亡くなったのは2020年4月28日。85歳でした。特別に大きな病気があったわけではないんですが、コロナに感染してしまいましたね。残念です。

自宅で咳が止まらない状態の母を最初に「おかしい」と気づいたのは妹でした。医師である妹なんですが、「お兄ちゃん、ちょっと来て」と言われて母の様子を見に行きました。もう咳込んで止まらない母の状態でしたね。血中酸素濃度を測ったら95くらいだったんです。

正直、そのときはすぐには「コロナ」だと思わなくて、、、
でも、今思えば、その時点で僕らも感染したんだと思います。

看病のあと、自分も発症した

母はそこからすぐ杏林大学に入院しました。入院してから2週間くらい治療を受けている間に私と妹も発病しだしまして

妹は比較的早く熱が出ました。
私は少し遅れて症状が出ました。

当時は「37.5度」が一つの目安でしたよね。妹が先に熱を出して、「お兄ちゃんダメだわ、これはかかってるわ」と。

私は家族と離れて、クリニックの待合室にベッドを置いて生活していました。家は私道を挟んだ向かいなんですが、妻がご飯を持ってきてくれて、「置いといたよ」と連絡をくれる。それを時間をおいて取りに行く。そんな生活を1~2週間続けました。

毎日のように母親のことと、自分たちの体調病状を、 杏林の先生が毎日電話連絡をしてくれたので、 今日は大丈夫ですとか、熱はいくつですとかいうことを伝えながらの隔離生活を続けていて、

母が亡くなった日も、私はクリニックで一人でした。

入院。「このまま死ぬのかな」と思った

その後、すぐに兄妹揃って杏林大学に入院することになりました。

病院に行くときには、座ってたりする分には割と平気だったんで、 平気なのになーなんて思いながら、ただ立ち上がって歩くとなると、すごく足が重くて、肺がやられてるんですよね。 酸素濃度が下がっていて、息が苦しくて少し歩くと、もう倒れそうになるみたいな状況で、 なんとか家内に車で連れて行ってもらいました。車は窓を全開にして走りました。

その時点で、杏林大学病院の感染症の科はごった返していて、もう戦場のようでしたね。

正直、「このまま死ぬのかな」と思いました。
悩みましたね、いろいろね、そんな考えることも病気をしなければなかったかなと思いました。

治療ではアビガンも飲みました。当時は「これが効く」と言われていましたから、信じて飲んでいました。後になって有効性が否定されましたけどね。僕は気持ち的にアビガンに治してもらったと思っています。 何度も十錠近くガバガバ飲むような飲み方をして、 でも割合それで楽になりました。

2日に1回PCR検査をして、陰性になるまで退院できなくて、
私は2週間ほどで陰性になりました。妹はもう1週間長く入院しました。

なんとか2人とも戻ってこられました。 そんな状況です。冷静に対応はできたかな、 これ以上できないくらいのことはできたと思っています。

幸い、大きな後遺症はありませんでした。

歯科医院は、もともと感染症対策をしている

クリニックは1か月半ほど休業しました。

でも、実は歯科医院はコロナ前から感染対策は徹底しています。器具はすべて滅菌しますし、飛沫感染のリスクも常に考えて診療しています。

実際、西東京市内歯科医院で大きなクラスターはほとんど起きませんでした。

普段の治療においてのスタンダードプロリコーション(標準予防策)がうまく機能していたことの証明だと僕は思っています。 普段から飛沫感染ということに関しては、歯科医師の先生方の一人一人がものすごく気を遣っていて、十分な対策がされていたんだなぁと思っています。

だから、正直なところ、これ以上やれることはあまりなかったんです。アクリル板を置いたくらいで、基本は変わりませんでした。

患者さんの一言に救われた

休業を決めたとき、予約が入っていた患者さん全員に電話しました。

「感染している可能性があるので、しばらく閉めます」と説明して、他院を紹介したりしました。

そのとき、ある患者さんが言ったんです。

「先生じゃないとダメだから。待ってるから。早く元気になって」

ちょっと涙が出ましたね。本当にありがたかったです。嬉しかった。

感染症は“本当に起こる”

今回、すごく恐ろしいんだなということを身をもって経験して強く思ったのは、感染症は歴史の話ではないということです。本当に起こる。

だから、自分の身は自分で守る。飛沫感染とか空気感染とか、体液から移るとか情報をちゃんと聞いて、早い段階から気をつける。それが大事だと思います。

手洗い、うがい、マスク。特別なことではないんですけど、それが基本です。

あの時マスクがなくなりましたよね。
ここでもマスクは在庫がたくさんあって、患者さんに分けたりしてましたね。
やっぱりマスクは有効だと思います。

経験を、次への備えに

新型コロナは中国から発生したとか、真相はわからないですよね。 今後もしかすると人為的なウイルスなんてできることもあるかもしれません。 世界情勢もすごく不安定なので、どこの指導者がそんなことをしても起こりうるなんて考えたら恐ろしいです。

皆さんは、自分の身は、自分で守らないといけないので、 情報を聞き漏らさないようにして、 是非前もって前もって気にしていければいいなと思いますね。

ありがとうございました。