2020年に新設された西東京市の生活サポート相談窓口。
そのスタートは、まさにコロナ禍の始まりと重なりました。
収入を失い、住まいを失いかけ、先の見えない不安を抱える人たちが次々と窓口を訪れました。
想像を絶する相談件数、地域の店主たちの苦悩、感染の怖さがある中で続けた支援。
そして、子ども食堂やフードパントリーに広がった“助け合いの力”。
現場で何が起きていたのか―当時の記憶と、今につながる思いを西東京市地域共生課「福祉丸ごと窓口」の生活サポート相談窓口担当、後藤紀行さんに語っていただきました。
後藤さんのお話はここからお聞き頂けます(約18分30秒)
//// お話の文字起こしはこちらから ////
「まさにコロナとともに働き始めた」~新設窓口に押し寄せた相談
はい、後藤紀行です。地域共生課なんですけれども、皆さんにわかりやすく言うと「福祉丸ごと窓口」の中に生活サポート相談窓口がありまして、田無庁舎の1階で働いています。2020年の2月に新しくできた窓口で、私は4月に配属になったので、まさにコロナとともにこの職場で働き出した、という感じです。
絶えない行列~住まいと生活を守るための支援
コロナ禍で離職をしたり、緊急事態宣言もあって、お店が閉まって収入が減った方が本当に多く出ました。
私たちのところは生活にお困りの方の相談窓口なので、びっくりするぐらい多くの方が相談に来まして、その方々の相談を受けて具体的な対応をするのが、コロナ禍の大変だった仕事ですね。
住居確保給付金という、コロナで減収や離職をした方に家賃を助成する制度があるんですけれども、相談件数は前年度比で100倍近く、支給件数でも50倍という形で、まさに想像を絶する状況でした。
次から次へと行列ができて、他の職員にも協力いただきながら一人ひとりの相談を受けました。市役所の窓口には絶えず10人、20人並んでいる、そんな状態でした。
緊急事態宣言で解雇されたり、仕事がなくなって収入がなくなった方の相談が多くて、その中で一番大きいのは住まいを失うことなんですね。家賃助成ができないか、生活のための融資や貸付が受けられないか、そういう相談が主でした。
「相談に乗ってくれませんか」~顔なじみの店主がうつむいて
やっぱり、飲食店の方々ですね…
コロナ前は仕事終わりに「いい店だな」って通っていたお店の方がいらして…
私の顔を見たらわかるんですよ…馴染みの客だったから、
それだからでしょうか、、下を向きながら「ちょっと相談に乗ってくれませんか」って来るんです。
「もう店を続けられない。でも家族もいるので店をたたむことにした」と。借金もあるしどうしたらいいかな、って。本当につらかったですね。
でもお話を聞いて、「まだ再建できますよ」って一緒に考えて、転職の紹介をしたり、制度を案内したり。
オリンピックを見込んで外国人向けの民泊を始めた方が、外国人が来なくなって大打撃を受けたり、特に個人事業主の方は本当に厳しかったと思います。
夜10時、11時まで~それでも「ここは頑張らなきゃ」
相談を受けて書類を作っていると、毎日夜10時、11時まで。土日も出てくる日々でした。
でも皆さんが子どものため、生活のために頑張っている姿を見ると、「ここは自分たちも頑張らなきゃ」と思いました。
数年後の再会~キッチンカーで戻ってきた人たち
数年経って「あの時お世話になりました」と言ってくれる方もいます。仕事を変えてキッチンカーを始めた方にお祭りで再会したり、「生活がやっと落ち着きました」と窓口に来てくれたり。あの時の時間は無駄じゃなかったんだなって思います。
子ども食堂とフードパントリー~「西東京市内中に広がった」
子ども食堂やフードパントリーも広がりました。西東京市には今30近くの子ども食堂がありますけれども、コロナ禍で地域全体で支えようという風土があったから一気に広がったんだと思います。「自分たちでもできることがあるんだ」っていう気持ちが広がりました。
制度だけでは対応できない部分も多くて、住民の方々が自然発生的にフードパントリーを始めたり、食材配布をしたり、若い人も含めて多くのボランティアが参加してくれたのは本当に嬉しかったですね。自分も大変なのに「これ困っている家庭に分けてください」って食材を持ってきてくれる方もいて、人の温かさをすごく感じました。
学生さんも大変でした。授業もなくなりアルバイトもできない中で、学生向けのフードドライブをやりました。企業さんや市民の皆さんにも協力いただいて、学生が食料を取りに来て「本当に助かりました」と言ってくれたこともありました。
感染の恐怖の中でも~窓口は止められない
感染の不安もありました。感染している方が生活相談に来ることもあり、怖くないと言えば嘘になります。でも生活がかかっているので、顔を見て話を聞かないといけない。感染対策をしながら対応しました。私自身も発熱してホテル隔離を経験しましたが、窓口は閉められないので、みんなで協力して続けました。
「市役所だけでは何もできない」~地域と連携して支え合うという実感
コロナを通して感じたのは、市役所だけでは何もできないということです。社会福祉協議会、子ども食堂、NPO、企業、地域の皆さんと連携して初めて支援ができました。この経験は今もノウハウとして生きています。
経済的な困窮だけでなく、人とのつながりが切れて孤立してしまう問題も大きかったです。孤立にどう向き合うかはこれからも大事だと思います。
「人生は喜ばせごっこ」~自分がやりたいから、やっている~職員という枠を超えて人ともに活きて生きる
自分が大変になればなるほど、「あの人どうしてるかな」「自分にできることないかな」って思うんですよね。
やなせたかしさんの「人生は喜ばせごっこ」という言葉がすごくしっくりきます。体調を気遣って「無理しないで」と言われても、自分がやりたいからやっているんです。人の役に立てているっていう実感が、自分の生きている実感にもなる。そう思います。
インタビューを終えてからの追記
「コロナ禍の活動があったからこそ、西東京市の職員が市民と共に活動する必要性や重要性を感じて、子ども食堂のボランティアや、子ども食堂全体を束ねたクリスマスイベント、駄菓子の日のへの協力や取り組みへとつながって行っていると思っています。」
そう語る後藤さんは今も活動を止めず前に進んでいます。

