まつばらホームクリニック『ラジオ在宅NOW』!
この番組は、保谷駅から徒歩三分の場所に位置する、まつばらホームクリニックの松原清二院長に、日頃医療の現場で感じていらっしゃることをお話頂き、皆様にも在宅医療に対しての理解をより深めて頂ければと思います。
第一週と第三週に本放送、その他の週は再放送をお送りします!
【11月のテーマ】
『生きがいについて』
皆様是非お聴きください!!
西東京市を中心に患者さんの自宅に行き、診察をしている在宅医療専門診療所「まつばらホームクリニック」のホームーページはこちら→https://m-hc.jp/
↓放送内容を文字でもお読みいただけます!
田中ヒロコ:では松原先生、本日もどうぞよろしくお願いいたします。
松原先生:よろしくお願いします。
田中ヒロコ:先生今日は、ダンディな・・・
松原先生:あぁ~、どうもありがとうございます(笑)
田中ヒロコ:白いジーパンに黒いシャツに、ちょっとお髭があってダンディな感じで、ちょっと緊張します。いつもの仕事着と違いますね。
松原先生:(笑)ちょっと早く終わったんだよね。
田中ヒロコ:そうなんですね!では、今日も早速お願いいたします。
松原先生:よろしくお願いします。
最近ですね、結構診療してて、難しいなって思う一言を言われることがあるんですよ。
田中ヒロコ:はい、どんなことですか?
松原先生:「長生きするってつらいんだよね」っていうふうな・・・。
田中ヒロコ:重い・・・長生きするってつらい・・・重い・・・。私も50を過ぎてから、すごくこの先の人生とか、あと何年とか、長く生きた場合とかいろいろ・・・ただ患者さんの長生きするのがつらいっていうのが、やっぱりそれってすごく歳を重ねていかないと言えない、重い言葉ですよね。
松原先生:80歳後半とか、90歳とか、100近くの方々が、長生きするっていうのはつらいのよねって僕におっしゃるんですよ。
そうすると僕も、下うつむくんですけど、。僕もね85歳とかじゃないんで、その心境っていうのをなかなか寄り添うというか、理解をするっていうのは、すごい難しいなというふうに思ってるんですよ。
田中ヒロコ:そうですよね。やっぱ立場っていうのが違うし、実際具体的には、どんなことがお辛いんですか?
松原先生:本当にただ単に生きていくのはつらい、だからと言って食欲がなくなっちゃったりとか、人に会いたくないとか、そういう、うつ症状ではなくて、単純に生きていくのがつらいと、なんか聞いていると、ご高齢になられて、できなくなることも増えるっていうのが、僕なんかの見立てなんだけど。例えば物が見えにくくなる、人と会話をするにしても耳が遠くなるから、聞き返すことも増えてしまって、結果的に相手に迷惑をかけちゃってるんじゃないかっていうふうに思ってしまう。補聴器つけたとしても、あんまり合わない。歩くにしても足腰がやっぱ弱ってきて、痛みが出て、歩くのもつらい。寝るのも仰向けだとちょっと腰痛い・・・っていうような、病気というか老化による苦しみっていうのもあるんですけど、単純にそれだけじゃなさそうなんですよね、お話をすると。
田中ヒロコ:でもなんかちょっと私も五十肩で、すごく痛くてつらくって、若い子でも、なんだかんだ「も~やだ、やだやだ」って思いながら生きてる子もいっぱいいると思うんですよ。でもまたそれの類と違く、その歳を重ねたが故のっていうのがありそうですよね。
松原先生:あとね身体もそうだし、社会環境。例えば元旦、年賀状が今まで来てた人が来ないと、あと小学校の同窓会やっても、昔はたくさん来てたのが、今はポツポツしか来ないと。そういうことで、自分だけが生き残ってしまったっていうか、孤独を感じる感があるみたいなんですよね。
田中ヒロコ:すごく長生きされてて、それってすごいいいことだと思うんですけど、なんか自分だけ取り残されてしまったみたいな感覚。
松原先生:そうなんだよね。それってなんか、なかなかそういう・・・やっぱり自分もまだ50だし、理解するっていうのはちょっと難しいところはあるんだよね。ただ孤独なんだな、できないことが増えてお辛いんだなっていうのはわかるんですけどね。あとはですね、なんか見てて、僕も励ましをしたいじゃないですか。そんなこと言わないでさ、やっぱり患者さんが生き生きとしてる姿を見るのが嬉しいじゃないですか。思い悩まれるより。悩まれている人のお気持ちを、全部拾い上げることは少し難しいけど、やっぱり何とか元気な姿を見たいと思って、よく言うセリフを言ったりもするんですよ。例えば、「おうちにいるとちょっとふさぎ込んでしまうから、旅行とか行ってみたりして、気分転換したらどうですか?」「温泉入ったらどうですか?」
あとは「何か他に気持ちが乗るようなのを、例えば「どういうの好きでした、昔?」とか、いろいろ聞いたりするんですよ。そうすると「旅行はもう散々行った。やり尽くした」と、ちょっとチーンって気持ちがある(笑)。
田中ヒロコ:やり尽くした・・・。でもどうなんだろう・・・でもちょっとやっぱり年齢が・・・なんだろう・・・私達とやっぱり経験されてる人生が全然違うので、何とも言えないですけど、例えば1日の中で、「これ美味しいな、幸せ!」みたいな・・・私でもなんか、自分も生きがいないなって思いながらすごい聞いていたんですけど(笑)
松原先生:生きがいって難しいんだけど・・・。
田中ヒロコ:自分も、今すごい考えちゃって、生きがいって何だろうとかって思っちゃいましたね。
松原先生:生きがいをあえて提起するんだったら、その生きる張り合いを持ちながら生き続けるっていうことが、生きがいのような気がするんですよね。
田中ヒロコ:でもなんか自分だけのために生きるって、結構しんどいじゃないですか。
松原先生:それは、何か結構重要な言葉でね、ご飯とかも家族のためだったらば作ってたけど、1人になったらもう面倒くさいから、お弁当を取るようになったと。ところがお弁当取るようになったら、何か自分の好みじゃないし味気ない。っていうようなことをおっしゃる方が割合多くて、そうするとさ、ヒロコさんがおっしゃってた、自分のためだけっていうのは、人間はちょっと難しいのかもしれない。それは年齢関係なくね。
田中ヒロコ:そうですね、確かにそれはそうですね。
松原先生:ご年配の人は、近しい人がたくさん亡くなっていって、自分のためだけとか、そうなってるのかも知れない。それが虚しいと思ってるのかも知れない。
田中ヒロコ:そうですよね・・・そうですよね・・・でも・・・そうですよね。そこで、でもつらいって言われてしまうと、こっちもやっぱつらくなっちゃいますね、気持ち的に。
松原先生:そうそうだからさ、なるたけね、昔、得意だったことをお聞きして、例えば「先生見て、私これちょっと手芸やってたんだよ!」「すごいじゃん!またやりゃいいじゃん」って言ったら、「目が悪くてもできないのよ」とか。
田中ヒロコ:それは、でも確かに。やっぱり根詰めてやらないといけないし。手も痛くなっちゃう。
松原先生:それも言われたんです。「手も痛くなっちゃうから無理よ」とか言って。ですから、この寄り添うっていうのがいかに難しいか、その生きがいっていう意味でだよ。病気でつらいとか苦しいとか、僕は医療っていう手段で寄り添うことはできるし、それで症状緩和とか努めることはできるんだけど、生きがいを求められちゃうと、あ~、俺って小さい存在だなとか、やっぱり思ったりしますよね。
田中ヒロコ:でも先生もおっしゃってて、寄り添うとか、あとその時間を共にするってことってすごく重要だと思うので、先生と一緒の時間っていうのもすごく貴重なのかなって私は感じたんですね。
松原先生:っていうふうに思ってもらえるといいかなと思ってますけどね。
田中ヒロコ:なんか絶対私も、自分がいくつまでいけるか分からないんですけど、その80ぐらいになったときに、きっと先生の患者さんの気持ちがすごいよくわかるんだろうなって。
松原先生:そうなんだろうね。それは僕も同じだと思うんだよね。やっぱり85とか90とかに、自分がもしなれた場合、やっぱり若い頃って分かってなかったんだなとか、いや想像通りだったなって思うかもしれないし、結構難しいよね。
田中ヒロコ:はい。生きがい・・・先生、今日も本当に・・・今日はちょっと考えさせられるテーマでした。ありがとうございます。