社会が止まり、人と人との距離が強制的に引き離されたコロナ禍。
その中で問われたのは、「誰かが何とかしてくれるのを待つ」のか、それとも「自分にできること」を持ち寄るのか、という選択だった。
西東京市市民協働推進センター ゆめこらぼの副センター長・小松真弓さんは、市民活動の現場で、一人ひとりの小さな行動が次の誰かを支える力へと変わっていく瞬間を見つめてきた。その連なりこそが、社会を静かにそして確実に支えていた。
一方で、日常の足元では、別の苦闘も。
思うように進まないオンライン就職活動に揺れる家族。そして、不安の中で頼りになった、地域のかかりつけ医の存在――。
大きな社会の動きと、個人の暮らし。
その両方を見つめたときに「地域の支え合い」が浮かび上がります。
小松さんのお話はここからお聞き頂けます(約18分)
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「集まれない」ことで揺らいだ、市民活動の前提
小松真弓です。現在は西東京市市民協働推進センター ゆめこらぼで副センター長をしています。当時はセンター長でした。
市民活動って、みんなで集まって話をしたり、作業をしたりするのが当たり前だったんですよね。でも“三密を避ける”“ソーシャルディスタンス”って言われたときに、『それじゃ市民活動できないじゃん』って思いました。
講演会や勉強会、地域の作業。
そのどれもが「対面」であることを前提に成り立っていた。
「集まれないなら活動できない。じゃあどうする?私たちの動きって“無駄な外出”なの?違うよね」って。
市民活動団体さんがそれぞれに、すごく迷っていた時期でした。
施設の利用制限や閉鎖も重なり、現場は急速に静まり返っていく。
「スタッフは中にいるんですけど、市民活動団体さんが入ってこれなくなってしまって。対面での相談や作業はできなくなりました」
「できない」から「どうすればできるか」へ
そんな中で、小松さんたちは活動のあり方を模索し始める。
「登録団体の多くとはメールでつながっていたので、まずはそこから情報のやり取りを続けました」
象徴的だったのが、毎年開催していたNPO市民フェスティバルの転換だった。
「これまでリアルでやっていたものを、オンラインで開催しようということになったんです」
手探りの中、スタッフと市民活動団体が一緒になって考え続けた。
「オンラインで何ができるのか、どうしたら参加できるのか。スタッフだけじゃなく、市民活動団体さんにも実行委員として関わっていただいて、一緒に考えました」
その試みは、参加者の意識にも変化をもたらした。
「『まだ私たちにもできることがあるかもしれない』って思ってもらえた。少しでも心が明るくなるきっかけになったんじゃないかなと思います」
「助けて」と言えたとき、支え合いは動き出した
ーつらかったことはありましたか?
「つらかったというより、私たちが支えられたなと思うことの方が多かったですね」
広報紙「ゆめこらぼ通信」の制作が、その象徴だった。
「イベントも取材もできなくなってしまって、どうしようかと考えていたときに、“団体同士でエールを送り合う特集”をやろうということになりました」
呼びかけに応じて届いたのは、生活に寄り添うささやかな工夫の数々。
・自宅でできるヨガのイラスト
・スリランカのリラックスできる紅茶の淹れ方
・簡単な算数ゲーム
「『ぜひ掲載してください』って言ってくださって。それを編集して皆さんに届けることができました」
その経験から感じたこと。
「私たちだけで考えるより、『助けて、いいアイデアないですか?』って言った方が、たくさんの力が集まる。団体同士が支え合う姿を見て、すごく支えられました」
Zoomの向こう側で生まれた「つながりたい」という気持ち
コロナ禍で急速に広がったオンラインツール。その裏側には地道な努力があった。
「最初、私たちもZoomが全然わからなくて。まず自分たちが使えるようにならないと、団体さんに教えられないと思って研修を受けました」
その後、講習会を開催するが、現実はさらに手前にあった。
「“その前にダウンロードの仕方が分からない”という方が多くて、個別対応をすることになりました」
電話越しのサポート。
「“そのマーク見えますか?そこ押してください”って。でもカーソルの動かし方が分からなかったりして(笑)」
それでも、つながった瞬間。
「『あー!声が聞こえる!』って、みんな拍手するんですよ」
その光景は、強く印象に残っているという。
「対面じゃなくても、こんなに“つながりたい”って思っているんだなって感じました」
一人が覚えれば、次へと広がる。
「その人がまた仲間に伝えていく。そうやって少しずつ広がっていくと信じて、一人ひとり対応していました」
家庭で直面した、もう一つのコロナ禍――オンライン就活
一方で、小松さん自身の家庭にも大きな影響があった。
「めちゃくちゃ大変でした。大学3年生の子どもがいて、就活の時期だったんです」
初めてのオンライン面接。
「先輩にも経験がなくて、誰にも相談できない。学生同士で情報を共有しながら進めていたみたいです」
画面の映り方、照明、目線――。
細かな工夫を重ねながらも、見えない不安は消えない。
「なかなかうまくいかないことも多くて、本当に苦しい時期だったと思います」
それでも――
「最終的に行きたいところに決まって、家族で大泣きしました」
不安の中で支えてくれた「いつもの安心」ーかかりつけ医
小松さん自身もコロナに感染した。
「当時は、かかったことを知られたくない雰囲気もありましたよね」
どこに行くべきか迷う中、選んだのは「いつもの病院」だった。
「どうしようってすごく悩んだんですけど、結局いつも行っている病院に電話しました」
「電話をしたら『どうぞ』って言っていただいて。行ったら『大丈夫だよ、よく来たね』って」
その言葉が、不安をほどいていく。
「本当に安心しました。いつも通っている先生って、こういうときにありがたいなって思いました」
厳重な感染対策の中でも変わらない対応。
「先生や看護師さんたちが守ってくれている中で、私たち患者を診てくれているんだなと感じました」
「不安ばかりだった中で、すごく救われた瞬間でした」
何かが起きた時「誰か」ではなく「私」が動いて、地域は動き出す
コロナ禍を振り返り、小松さんはこう語る。
「オンラインを通じてでも、人ってどんな状況でもつながろうとする力があるんだなと感じました」
しかし同時に――
「やっぱりリアルに会えることの大切さも、改めて実感しました」
そして、もう一つ強く感じたこと。
「市民活動団体さんって、本当にすごいんです。」「本当にすごい。」
困りごとに直面したとき、
「誰か何とかして~」ではなく
『私に何ができるだろう』って考える力があるんですよね」
その一歩が、次の誰かを支える。
「声をかけるだけで、その人が“自分にも役割がある”って気づくんですよね」
それは、支え合いの連鎖を生む。
「助けてもらうだけじゃなくて、助ける側にもなれる。そういう気づきが、地域を強くしていくんだと思います」
それが、たまたまコロナであったというのに過ぎない。
「何か困りごとが起きたり、アクシデントがあったときに、自分一人じゃなくて、周りと一緒に乗り越えていく。
それが積み重なって、広く薄く支え合える地域になっていくんだろうなと思いました。」

