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「閉める児童館」と「社会を支える“最後の砦”だった学童保育」~コロナ禍で揺れた子どもの居場所「聞かせてくださいあなたのコロナ禍~私たちは何を学んだのか?」

子どもたちを「どう集めるか」を考え続けてきた児童館が、「どう集めないか」を模索する――。
コロナ禍は、子どもの居場所のあり方そのものを大きく揺さぶった。

一方で、学校が閉まる中でも開き続けた学童クラブは、医療従事者や警察、消防など、社会を支える人々を支える“最後の砦”でもあった。
「学童が開いていなければ社会が回らない」――そんな認識が広がったのも、この時期だった。

児童館の閉館と、学童クラブの継続。相反する現場の中で運営にあたっていたのが、NPO法人子どもアミーゴ西東京の事務局長・佐藤文俊さんだ。

集団で遊ぶ機会の断絶、関係性の希薄化、そして今になって見えてきた子どもたちの変化。
未曾有の状況を乗り越えた現場から見えてきたのは、「人と関わること」の本当の意味だった。

佐藤さんのお話はここからお聞き頂けます(約18分

//// お話の記事はこちらから ////

「集める使命」から「集めない工夫」へ――児童館の葛藤

NPO法人子どもアミーゴ西東京で事務局長をしています、佐藤文俊と申します。
市内で学童保育や児童館、児童センターの運営をしていて、2020年当時も同じように施設を運営していました。

同じ建物の中に児童館と学童クラブがあるんですが、この2つは性格がまったく違う施設なんです。

児童館は、いわば公園のような場所。
地域の子どもたちが自由に集まる場所なので、「どうやってたくさんの子どもたちに来てもらうか」をずっと考えて運営してきました。

それがコロナで一変しました。

公共施設に人を集めないという制限がかかる中で、今度は「どうやって人を集めないか」を考えなくてはいけなくなったんです。

それまで定員を設けていなかったイベントをやめたり、規模を縮小したり、人数制限をかけたり。
体育館やフットサルコートも、本来は異なる年代や地域の子どもたちを混ぜることをテーマにしていたのに、
場所を区切り、時間を区切ることをせざるを得なくなった。

自分たちの考え方そのものを変えなければならない――そこに大きな葛藤がありました。

閉まる児童館、開き続ける学童――真逆の現場

コロナが広がるにつれて、児童館は比較的早い段階で閉館となりました。
「外に出ないで」という流れの中で、放課後の居場所としての機能も一度止まることになります。

一方で、学童クラブはまったく逆でした。

学校が閉まっても、保護者の仕事は続く。
むしろ学童保育は開け続けなければならない存在でした。

現場では感染への危機感がどんどん高まっていきました。
どうやって予防するのか、どうやって運営を維持するのか。

実際に感染が広がる中で、職員がどんどん減っていく。
「あと何人残っているか」を指折り数えるような状況でした。

普段は本部で事務をしている私も現場に入り、代表理事も入り、残っている職員となんとか回していく。
とにかく「開けておく」ことだけを守る状態でした。

行事も取り組みもすべて止まり、子どもたちはただそこにいて遊ぶだけ。
それでも居場所を維持することが最優先でした。

「野戦病院のようだった」――現場を守り続けた日々

感染が広がる中で、現場は本当にギリギリでした。

市役所とも「何人まで減ったら応援に来てもらえるますか?」といった具体的なやり取りをしていました。
お互いに感染者が出る中で、どうやって維持するかを探り続ける日々。

「また一人減ってしまうんですけど…」
そんな連絡を取り合いながら、なんとか現場をつないでいく。

正直、最後の方は野戦病院のような状態だったと思います。

子どもたちの中でも感染は広がっていましたし、唯一の集団の場が学童という状況でもありました。

一方で、感染したこと自体が強く問題視される空気もあり、
情報公開に対して不安を感じる保護者の声も多くありました。

ただ、子どもたちは意外と無邪気で、「かかっちゃったんだよね」と普通に話す子もいる。
大人の社会との温度差を感じる場面でもありました。

学童は“最後まで開く場所”だった――社会が見た役割

コロナ禍は、学童保育の社会的な位置づけを大きく変えた時期でもありました。

それまで注目されていたのは保育園や待機児童問題で、学童に焦点が当たることはあまり多くなかったんです。

でも学校が閉まる中で、エッセンシャルワーカーの家庭を支える場所として、学童は最後まで開き続けました。

医療従事者や消防士、警察官など、社会を支える人たちが働き続けるためには、子どもを預かる場所が必要です。
その役割を担っていたのが学童でした。

国会の中でも学童保育の重要性が言及されるようになり、
「社会を回すために必要な仕事だ」という認識が広がったのは、大きな変化だったと思います。

ただその一方で、学校では密を避ける工夫がされているのに、
放課後の学童は一気に密になるという矛盾も抱えていました。

「学童はいいのか?」
「学童の子どもは?職員は?感染対策を施さなくていいのか?」
現場としては、強く感じるところでした。

失われた「育ちの連続性」――今になって見える影響

コロナの影響は、むしろ今になって強く感じています。

児童館は、乳幼児から高校生まで幅広い年代が利用する場所で、
年上の子が年下の子との関わり方を自然に学べる環境がありました。

例えばドッジボールでも、小さい子には自然と手加減をする。
そういうことが当たり前にできていたんです。

でもコロナ禍で集団遊びの機会が途切れたことで、
その経験をしていない世代が出てきました。

結果として、手加減ができない、関わり方が分からないという変化が見えてきています。

これは明らかな「断絶」だと感じています。

本来なら子ども同士の中で自然に受け継がれていく文化が、一度途切れてしまった。
それを今は、職員が少し関わりながら、もう一度作り直していく必要があります。

マスクと自己肯定感――子どもたちの変化

もう一つ感じているのは、マスクの影響です。

習慣として定着したことで、今でも外せない子どもが一定数います。
無理に外させることはできないので、小さな成功体験を積ませながら、少しずつ自信をつけていく関わりが必要になっています。

また、集団で遊ぶこと自体にあまり魅力を感じなくなっている傾向も見られます。

だからこそ、この先に同じような感染症の状況が起きた場合には、たとえ小さな集団でも、異なる年齢や地域の子どもたちが混ざるような環境を意図的につくることが大切だと感じています。

「正しさ」を疑う力と、途切れさせてはいけないもの

コロナ禍では、本当にさまざまな情報があふれました。

「これが正しい」と言われるものがたくさんあったけれど、
後から振り返ると必ずしもそうではなかったものもある。

だからこそ、自分なりの判断軸を持つこと、
情報を丸呑みせず、少し疑ってみる姿勢が大切だと感じています。

そして何より伝えたいのは、人と人との関わりの大切さです。

たとえ次にまたパンデミックが起きたとしても、対面できない状況になったとしても、
何らかの形でつながり続ける工夫をすること。

関われないことの影響は、確実に残ります。

だからこそ、そのための技術はどんどんよくなっていくと思うので
活用してどんな状況でも人と関われる環境を途切れさせない。

それが、これからに向けて大切な教訓だと思います。

ありがとうございます