2020年当時高校生だった宍戸美桜さん(現在大学4年生)からお話をお聞きしました。
修学旅行や学校祭が中止となる一方、自主休校を両親から求められた宍戸さん。
同居する疾患のある祖父への感染を心配してのことだった。
葛藤の末、留年も覚悟で自主休校を受け入れたのですが、両親とぶつかって話したことにより、言いたいことを言い合える親子関係が築けたと言います。
噂に振り回されない、得た情報は先ずは疑って調べる。
考えて判断し行動したことで成長ができた。
高校生だった宍戸さんのコロナ禍のお話をお聞きください。
宍戸さんのお話は↓ここからお聞きいただけます(約12分)
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高校生活での一番の楽しみ、修学旅行や学校祭が中止に
2020年は高校一年生の終わりから高校2年生にかけてが2020年でした。
すごく田舎に住んでいたので、なかなか周り、身近に感染したという方がいらっしゃらず、感染が広がるのが遅かったので、コロナという見えないウイルスの実感もないまま、学校が1ヶ月間休校になったり、
なかなか 高校生活の中で一番楽しみたかったはずの高校2年生が、修学旅行もそうですし、学校祭ですとか、あとは部活動の大会等もすごく中止が多かったので、結構、みんな高校生活に対してやる気がなくなってしまったりとか、いろんなモチベーションが保てなくなっているような子たちも多かったなっていう印象ですね。
私の学校は修学旅行が延期の上に、延期した後に中止となってしまいまして、私の周りの高校は行けていた高校が多かったんですけれども、私の高校だけちょっと進学校ということもありまして、修学旅行が中止となりました。
先生方が修学旅行の中止の代わりの案といたしまして、 私はすごく田舎の出身だったので、映画館に映画を見に行くということと、ボウリングをクラスみんなでするという、この2つが修学旅行の代わりとしてやることになりまして、…
みんな修学旅行の代わりというもので採用されたんですけど、なかなか思い切り楽しむこともできずに、 少しモヤモヤした気持ちは残ったかなというところではあります。
私の学校は高校2年生で、修学旅行に行く学校だったので、ちょうど2020年が2年生で10月に修学旅行に行く予定で、それが2021年の2月に延期されて、で、延期って言われていたのですけれど、直前でやっぱり 行きません、中止にしますって言われてという形です。
今も続くマスクや手洗いうがいの習慣
大学の友達でも、基本的に常にマスクをつけている子は何人かいますし、やっぱり あの時、身についた手洗いうがいの習慣とか、どこに行ってもアルコール消毒をする習慣は、いまだに染みついているなという気はしていますね。
私の友達もみんなアルコール消毒、小さいのを常に持ち歩くような子が多いので、やっぱりあの時の経験がずっと残っているなと思います。
風邪はひきにくくなったと思います。
とにかく手洗いうがいをすることと積極的に水分を取ることと、食べ物に触る時はアルコール消毒をするっていうのを徹底するだけでも全然、コロナももちろんですけれど、インフルエンザとか胃腸風邪とか、そういうのになることも大分減った実感はあるので、コロナウイルスの猛威はもう収まってきてはいますけれど、その習慣が残ることは良かったことなのかなと思います。
留年も覚悟した自主休校への決断
そうですね、私の家がちょっと特殊だったんですけれど、、、
私の家は家族と一緒に、おじいちゃんおばあちゃんも一緒に住んでる家で、おじいちゃんが基礎疾患というか、病気を持っていまして、なので、そういう 方と一緒に生活をしなきゃいけないっていうところで、公共交通機関に乗って通学をしている私自身が、結構いろんなウイルスを持ってきてしまうリスクがある学校生活を送っていたので、両親に自主休校してほしいというふうに言われて、全国一斉休校になる 2週間前から自分で学校を自ら休んで自主休校をしていて、全国一斉に学校が休校になったという流れがあったのです。
すごく当時は自分だけ学校に行けないっていうことへのすごいマイナスな気持ちですとか、いつコロナが収まるかわからない状況で、ある程度コロナが 収まるまで休学するとなると、本当に見通しが立たないので、留年する覚悟もあった状況で、そういう自主休校っていう選択を自分は家族と相談して取ったので、すごく、なんて言ったらいいんでしょう、、、
自身の行動を考えて自ら選択するように。両親とも言いたいことを言える関係に
これをきっかけに、自分自身の行動についてもすごく考えるようになりましたし、自分で何かを選択するということも結構大きい。
みんなとは違う選択を自分も取らなきゃ、選択を自分で自ら取るっていうのもすごく、今思えば成長できたことかなとも思いますし。
そうですね。でもそのコロナ禍で自粛 をするっていう選択をするまでに、結構私は両親とぶつかって、そのぶつかったのをきっかけに、今は言いたいことを言えるような関係性ができたので、それはまあ良かったのかなってと思っております。
そうですね、
結構、自分の家が自営業なので、やっぱり生活のほとんどが、自分たちの生活が家周辺で収まってしまうっていうところで、やっぱり私が自分の住んでいる町を出て、隣の市に公共交通機関を使って通っていて、そこにすごくリスクがありました。
やっぱり今思えばというか、大人の気持ちとしてはすごく当然な提案だったんだろうなとはすごく思うんですけど、やっぱり高校生活の青春を奪われてしまうっていう気持ちも当時はありましたね。
免れた感染
うちの家族は幸いにもコロナ禍と言われて いる期間には、コロナにかかることは誰一人としてありませんでしたし、そうですね、自分の周りの友人等も、本当にコロナが猛威を振るっている期間にかかることはなかったので、行動としては間違ってなかったなっていうふうに今は思います。
孤立者を生み出すような噂に振り回されない どんな情報でも一度疑って調べる
私がコロナ禍で教訓としてあるなと思っていることは、噂に振り回されないことだと思っております。
「人間は」という言い方をすると大きいんですけれども、見えないウイルス、見えない敵に対して、世界中が今までとは違う生活を強いられたり、行動を強いられたりしている中で、やはり当時様々な噂が出回っていまして、それは人伝えにもありましたし、インターネットを通してもありましたし、そういう噂に振り回された選択を取ることは、 結果的に身を滅ぼしてしまったり、損害を出してしまうことがあるんだなと学びました。
あの時のコロナ禍のようなことが何度も起こってほしくはないと思いますが、やはり日本は災害等も多いので、どんな時でも、非常時でも、常に噂に振り回されないことは、 現代を生きていく上で、すごく大切かなと思っております。
私が住んでいたところがすごく田舎だったので、やっぱりあの時は「〇〇市町村で感染者が何人出ました」という情報が毎日毎日ニュースで夕方やっていたと思うんですね。
やっぱり私が住んでいたところは本当に人口が少ない地域に当時住んでいましたので、その 市町村で初めてコロナに感染してしまった家族が、いろんなことを言われてしまって、実際に引っ越した方がいらっしゃったんですね。
その方は全く悪くないというか、かかりたくてかかったわけではないのに、半ば追い出してしまうような形に、もしかしたらなっていたのかもしれないと思うと、 自分がなるかもしれなかった立場に、誰かがなっただけで、そのような行動をとるのは絶対に間違っているんじゃないかなと思っております。
自分もラジオが好きな身、そして幼い頃からテレビに親しんできた身としては、やはり大きなメディアから出ている情報、確かな情報を、まずはそこに耳を傾け、 どんな情報もまずは一度自分が疑って、本当に信じたければ、信じたい情報であれば、自分のできる範囲で調べたり、証拠を持ってきたり、何かその情報の裏付けになるようなものを持っているのであればいいのかなと思っております。


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